良い発表をするために

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目次

  1. はじめに
  2. 基本的な考え方
    1. 発表のスタイルについて
    2. 良い発表・悪い発表の例
    3. 発表者と聴衆の格差
    4. 聴衆は誰か
    5. 伝えるべき内容は何か
    6. あなたは何者か
  3. 全体のデザイン
    1. 内容の項目の列挙
    2. スライド枚数の計算
    3. 内容のバランス確認
    4. 導入部のデザイン
    5. 本題部分のデザイン
    6. 採用されなかった内容の使い方
  4. 各スライドのデザイン
    1. スライド間の繋がり
    2. スライド一枚あたりの情報量
    3. 色の使い方
    4. フォントの使い方
    5. アニメーションの使い方
    6. 図・表・グラフの使い方
    7. ジョーク
    8. その他特定のスライドの作り方
  5. 発表に向けて
    1. 発表練習の頻度
    2. 発表練習での確認事項
    3. 発表直前の過ごし方
    4. 発表中に気をつけること
    5. 発表速度のコントロール
    6. 質疑応答

はじめに

この資料は、学生などの発表を見ていて、当然押さえておくべき基本的な部分に気づいていないケースをしばしば見かけたため、ある種のチェックリストとして作成したものである。また、自分自身の備忘も兼ねている。

発表には唯一無二の正解はない。この資料に書かれているのは「私はこのように考えている」ということでしかない。とはいえ、そのような情報がまとまっていることには一定の価値はあるだろうと期待している。

私の発表のスタイルは、Simon Peyton Jonesの「how to give a great research talk」に大いに影響を受けている。こちらも読んでみることをお勧めする。また、Web等には他にも多くの情報があるだろう。自分にあったものを探してみてほしい

基本的な考え方

発表のスタイルについて

発表には「明確な間違い」はあるが「唯一無二の正解」はない。むしろ、「正解」らしきものは状況によって変化する。

例えば私の所属しているコミュニティ(ソフトウェア科学・プロラミング言語分野)では、スライド(PowerPointやKeynoteなど)を使った発表が一般的だが(以下でもこれを前提とする)、スライドを使わず声だけで説明するのが一般的な分野もある。また、私の分野であっても、講義にはパワーポイントを使うべきでないと考えている人も少なからずいる。また、スライドを読めばそのまま内容を理解できるような発表を好む人もいるだろうし、スライドには大筋のみがあって、トークで肉付けをしてゆくような発表を好む人もいるだろう。これも、どちらが絶対の正解ということはない。

会場の様子などによっても「正解」は変化しうる。例えば、会場のプロジェクタが暗い場合には色やアニメーションを駆使した発表は適さない。また、声の通りにくい会場ではトークで盛り上げる発表は苦しい。また、直前の発表が重かったり非常に盛り上がったりした場合、無理やりにでも空気を変えるようなつかみから入った方が良いだろう。

正解がないとしたら、どうすれば良いのか。私が考える最良の方法は、自分に合っていそうなスタイルで上手い発表をまねることである。スタイル全てをコピーするのでも良いし、部分的に「良い」と思った要素を取り入れてゆくのでも良い。これを繰り返し、自分に適したスタイルを作り上げるのが早道だと考えている。また同様に、下手な発表を見た場合、それが何故良くないかを考え、同様のことをしないようにするのもよい。

以下で説明するのは私のスタイルである。もし自分と合わないと思ったら、無理に採用する必要はない。しかし、参考になると思った部分は是非取り入れて欲しい。

良い発表・悪い発表の例

他人の良い発表をまねるとなると、参考となるような良い発表・悪い発表を知らなければならない。「他人の発表を聞く機会はそんなに多くはないのだが?」と思う人もいるかも知れない。しかしその認識は誤っている。

ほとんどの人は、今まで学校の授業として数限りない発表を見聞きしてきたはずだ。よって、今まで受けてきた授業の中で「良かった」と思うものを取り入れ、「悪かった」と思うものを避ければ良いだけのことだ。これは全く比喩ではなく、発表と授業は基本的な技術はほとんど同じだ(ただし、授業は「教育」という側面があるので、必ずしも「良い発表=良い授業」ではない。とはいえ、この違いは教育を職業としない人が気にする必要はないだろう)。つまり、学生の成績が上がるような「発表」が「良い発表」であり、学生が寝たり遊んだりするような発表が「悪い発表」だと思えばほとんど間違わないだろう。

発表者と聴衆の格差

発表の最も典型的な失敗は、発表者が話す内容と聴衆が聞きたい内容にギャップがあることである。こうなってしまうと、発表者がいくら必死になって話しても、聴衆には全く届かなくなってしまう。

このような失敗は、発表者が発表者と聴衆の格差を軽視した結果であることがほとんどだ。

  1. 知識の格差:発表者はその内容について話せるだけの知識を持っているが、聴衆はその話を初めて聞いた・または以前に聞いていても忘れている。
  2. 見通しの格差:発表者は発表のこれまでの展開と今後の展開を熟知しているが、聴衆はこれまでの話も忘れかけており、この先の展開は全くわからない。
  3. 理解の格差:発表者はその内容を理解しているが、聴衆は発表を聞きながら理解してゆかなければならない。
  4. 態度の格差:発表者は主体的に発表をしているのに対し、聴衆は受動的であり、発表以外の要素(例えば雑音など)の影響を受けやすい。
  5. 動機の格差:発表者は多くの場合発表する動機があるのに対し、聴衆は往々にしてそれほど聴く動機はなく、別のことを考えていたりする。
  6. コンディションの格差:発表者はその発表に向けてコンディションを整えているかも知れないが、聴衆は様々な理由で(寝不足、時差、自分の発表など)そうではない。

以上のような格差のために、発表者が「伝わるはずだ」と思う発表も往々にして聴衆に届かない。

「聴く気がない・理解できない聴衆にまで伝える発表は不可能だ」というようなことを言う人もいる。一理ないわけではないが、しかしこれら格差は発表にまつわる本質的なものだ。聴衆の知識・態度・意識等の問題とは別に必ず存在する。よって、前提としてこのような格差があることをよく認識した上で発表をするべきだ。私の意見はどちらかというと「聴く気があり集中している聴衆はどうせ理解するのでそのような人向けに発表する必要はない、聴く気がなく集中していない聴衆向けに発表を準備すべき」というもの近い。

聴衆は誰か

格差を意識するためには、聴衆が誰であるかを知る必要がある。聴衆が自分の指導教員なのか、研究室の先輩後輩なのか、同じ分野の研究者なのか、はたまたただの一般人なのかによって話は変わる。

聴衆が何者であったとしても、上記の格差を認識し、聴衆はこちらの期待を下回る能力・態度であると考えた方が良い。例えば、指導教員に説明する場合も、隣の研究室の先生に説明するつもりでやった方が良い。学位論文審査などで他の研究室の先生に説明する場合は、他の研究室に所属している同輩等に説明するつもりでやった方が良い。

なお、知識が相対的に不足しており、モチベーションも低い聴衆(質の悪い聴衆)にフォーカスすることで、より専門性が高く、興味をもってくれている聴衆(より良い聴衆)にとってつまらない発表にならないかと心配するかもしれない。その心配は全く無用とは言わないが、多くの場合は取越苦労だ。ほとんどの場合、聴衆はこちらの想定より実際に質が悪い。また、質の悪い聴衆に合わせて作った発表が、より良い聴衆にとって多少退屈だったとしても、少なくとも致命的な問題ではない。 むしろ、例えば指導教員が当然理解しているであろう内容をわざわざ説明するのは、自分と指導教員の理解をお互いに確認できて有益であることが多い。よって、基本的には質の悪い聴衆に合わせて発表を準備すべきだ。

伝えるべき内容は何か

発表では、まず聴衆の状況を認識し、聴衆が聞きたい内容を喋るべきである。より正確に言えば、聴衆が聞きたくない内容は伝わらないので、伝えるためには聴衆の聞きたい内容しか喋れない、ということになる。とはいえ、発表である以上、発表者が「伝えなければならない内容」も厳然としてある。よって、発表の技術とは、端的に言えば「聴衆が聞きたい内容」と「発表者が伝えるべき内容」の乖離を小さくする技術である。

とはいえ「伝えるべき内容」は「発表者が喋りたい内容」ではない。 「伝えるべき内容」は発表の性質によってだいたい決まる。例えば、論文が採択された学会発表で伝えるべきは「こんな面白い内容が出た(ので論文を読んでくれ)」ということであり、面白い内容の具体的詳細ではない。卒論・修論の審査会で伝えるべきは「私は正しい手順に従い研究に取り組んだ」「私は自分が何をやったのか理解している」ということで、必ずしも研究成果の報告ではないことも多い(卒論・修論では時間制限があるので、成果が出ることは必ずしも求められていないし、また逆に偶然成果が出たら良いというものでもない)。また、指導教員との定例ミーティングでは、これらとは異なり、例えば「自分は先行研究の内容を細部まで完璧に理解した」ことの説明を求められることもある。

あなたは何者か

発表では聴衆に合わせる、特に「質の悪い」聴衆に合わせるのが鉄則だと述べた。 原則はこのとおりだが、実際には「発表者がモチベーション高く楽しく発表できる範囲で」という限定がつく。聴衆に徹底的に合わせた結果、発表者が話しにくくなったり、発表者がつまらなくなってしまったりすると、最終的には発表はより悪いものになってしまう。

ごく大雑把に言えば、発表の出来は「発表者のパフォーマンス」と「発表資料の質」の掛け算で決まる。どちらかが高くても、もう一方が低ければ全体としては失敗だ。なので、あなたがどのような発表を好むかは、スタイルを選ぶ上で非常に重要だ。

例えば、後ほど「色やアニメーションは多用すべきではない」ということを述べるが、もしあなたがカラフルだったりぬるぬる動いたりするスライドを用意することで、はるかに楽しく話ができるのであれば、色やアニメーションを多用しても構わない。もちろん、とてつもなく使いすぎるのはまずいが、普通の人よりは多く使って良いだろう。

全体のデザイン

私の場合は「内容の項目の列挙」「スライド枚数の計算」「内容のバランス確認」の3つの段階を通して発表の具体的内容をデザインする。 このデザインが終わった後に、実際に1枚ずつスライドを作ってゆく作業に入る。 頭から1枚ずつスライドを作ってゆく人も多いと思うが、これは慣れるまでは失敗しやすいやり方なのでお勧めしない。まず大きな形を作り、徐々に細部を詰めてゆくのがお勧めだ。

内容の項目の列挙

大雑把な内容を作るためには、まず発表で使える材料をそろえなければならない。最初のステップは、とにかく発表で使える材料を列挙することだ。

一つの研究には往々にして複数の動機があり、複数の研究の流れがあり、結果の読み解き方も複数ある。そのどれを採用するかで話が変わってくる。そのため、まずはストーリーを度外視しして材料を列挙し、後にそれを取捨選択してストーリーを構成する。

スライド枚数の計算

内容の列挙と同時に、スライド枚数を大まかに見積っておく。私がお勧めするのは以下のような枚数だ(タイトルスライド等全てを含む)。

このような計算となるのはいくつかの理由がある。

まず、どのスライド1枚にも最低でも30秒をかけるべきだ(いわゆる高橋メソッドのような例外を除く)。そうでなければ、聴衆がちょっとよそ見をしたり、ちょっと別のことを考えたりするだけで、スライドを見落としてしまう。また、後に述べるが、スライドが切り替わってゆくことで聴衆は話の内容を忘れてゆくので、その観点からもスライド枚数が多いのは望ましくない。よって、スライド枚数はある程度に抑えなければならない。

一方で、スライド1枚あたりの時間が長くなりすぎるのは、スライド1枚の情報が濃密であることを示唆する。これもやはり危うい。もしそれだけの内容が本当にスライドに書いてあるなら、そのスライドは目に優しくない(字が小さかったり、数式がたくさん書いてあったりする)ことが危惧される。一方、スライドの表面上の内容が少ないにもかかわらず時間がかかっているのだとすれば、トークで繋いでいるということになる。これは、トークの内容が重要でないなら無駄だし、重要ならスライドにも書いていないとおかしい。スライドに書いていない内容は、一度聞き逃すと取り返しがつかないので、聴衆がフォローするのが難しいのだ。よって、スライド1枚あたりにかかる時間はある程度に抑えなければならない。

なお、発表が長くなるにつれてスライド1枚あたりの時間が延びているのは、同じスライドでもより時間をかけて(場合によっては無駄も含めつつ)話すべきだ、という趣旨だ。言い換えると、発表の時間あたりの内容を減らすべき、ということだ。そうしないと聴衆が疲れてしまう。逆に、発表時間が短い場合、発表内容が濃密になってしまうのは避けがたい部分がある。

全体のスライド枚数が決まれば、発表全体の骨組みは大体自動的に決まる。例えば、導入に20%、手法の説明に40%、実験結果の紹介に20%、関連研究・まとめ・今後の課題で20%、といった具合だ。この骨組みは、発表時間の配分だけでなく、発表に使うスライドの枚数(≒その部分を構成するメッセージの数)も決めていることに注意してほしい。もちろん、発表内容によってこの割合は多少なりとも変化する。大事なことは、事前に(スライドを作り始める前に)この割合を大体決めることだ。

内容のバランス確認

内容の材料が出そろい、発表スライドの骨組みができたら、材料を骨組みに放り込んで大まかな発表のストーリーを作る。具体的には、各スライドに対し、内容材料に対応する形でキーワード・キーメッセージを一言ずつ書き込んでゆけば良い。例えば、「Aは難しい」「AとBは似ている」「Bの手法をAに応用する」「具体例」「実験(実行時間)」「実験(メモリ使用量)」などだ。

このとき、以下の点を以下の順序で確認する。この順序は、発表において満たすべき制約を上から順に並べたものに対応する。

  1. 時間内に発表できるか?
    これは、適正なスライド枚数でストーリーを構成できるか、ということで確認できる。全体のスライド枚数だけでなく、各パートのスライド枚数も適切であるか確認しよう。 時間をオーバーする発表は無益を通り越して有害(聴衆の感情を損ねる)なので、この点をまず最初に確認すべきだ。
  2. この発表で伝えるべき内容が含まれているか?
    前述の通り、発表で伝えるべき内容は発表の性質に依存する。が、いずれにせよ、発表で伝えるべき内容を含んでいない発表は失敗だろう。
  3. 一貫性があるか?
    発表のストーリーは、一本道であることが強く望まれる。このためには、各スライドの内容が、その直前のスライドの内容のみから理解できれば良い。「直前(≠それ以前)」である点は非常に重要だ。なぜなら、聴衆は往々にして直前のスライドより前のことは忘れてしまうからだ。なお、実際の研究は往々にして一本道ではない。しかし、発表にあたっては上手くストーリーを刈り込む方が望ましいし、発表が簡単になる。
  4. 具体性があるか?
    あらゆる部分において、正確だが抽象的な(「理論的」という意味ではない)説明より、不正確だが具体的な説明をするべきだ。そのために、ストーリー設計の段階でどこで具体例を使うのか決めておくべきだ。可能なら、導入も本題も全て具体例であるぐらいが望ましい。発表において、理解しやすいことは、内容が正確であることよりもはるかに重要だ。
  5. 難易度は適切か?
    発表は聴衆全員が同意・理解できる内容から始まるべきである(そうでないと聴衆が聴いてくれない)。また、最終的には、聴衆が知らない領域へと到達すべきである(そうでないと聴衆にとって有益でない)。ただし、聴衆が知らない領域に長期間とどまると、聴衆が聴くのを止めてしまうので、難易度が上った後ははすぐに低い難易度に戻すべきである。その結果、発表の難易度は「全体としてノコギリ型をしたノコギリ型」のようなグラフになるはずだ。
  6. 聴衆の緊張感はコントロールできているか?
    難しい内容・真剣な内容を聴衆が連続して聴くことができるのはスライド3枚程度だと思っておいた方が良い。つまり、スライド3枚に1枚程度は「難しくない」「気楽に聞ける」内容のスライドを混ぜるべきだ、ということだ。ただし、これはやや高度な内容なので、慣れるまでは気にしなくても良い。また、難易度をコントロールしているとある程度自然に緊張感もコントロールできる場合も多い。

導入部のデザイン

導入部分には特有の注意点がある。

導入では2つのことを達成しなければならない。1つ目は聴衆の興味を引くこと。これは多くの場合、自分たちが解決しようとしている問題、明らかにしようとしている疑問を明快に説明することで達成できる。ただし、一つの研究で解決・究明できることはそれほど大きくないので、聴衆が興味を持てるよう、ある程度背景や先の見通しも含めて語らなければならない。

もう1つは、導入だけを聴いても発表の要旨が分かるようにすることだ。もちろん、技術的詳細は導入だけでは分からない。しかし、技術的詳細を聞かないと「何を伝えたかったのか」が分からない発表となってはならない。

上記二点が達成できているなら、導入は原則として短ければ短いほど良い。スライド枚数にして2枚でも全然構わない(1枚でも良い)。導入が短いというのは、それだけ端的に自分の発表の要旨を伝えられているのだから、完成度が高いのだと考えて良い。ただし、導入を短くしようとするあまり、聴衆が興味を持つのに十分な情報を提供し損ねる(例えば前提となっている問題意識の説明がおろそかになる)ことがないようには気をつけたい。

発表内容によってはどうしても導入に時間がかかる場合がある。このときには、導入を2段階にして、まず分かりやすい目標設定に対して導入を行い、そこまで無事にたどり着いてから本題への導入を行うことが鉄則だ。工夫なく長大な導入をしてはならない。聴衆は導入が終わるまでは何に注目して話を聞いていいのかわからないので、導入が長いと発表についていけなくなる。

本題部分のデザイン

発表では本題(つまり技術的詳細)が重要であると考える人もいるかも知れないが、本題部分ではむしろ技術的な工夫の余地は少ない。説明すべき内容を淡々と説明する構成になることが多い。

特に注意すべき点は、分量と難易度のコントロールだろう。本題はどうしても分量が多く、難易度が高くなりがちである。そのため、本題の中で「説明すべきか迷ったトピック」は発表から取り除く方が良いことが多い。発表者が説明すべきか迷うような内容は、聴衆にとってはあまり有益な情報にならないことが多いからだ。また、逆に説明が簡単になりすぎる人も時々いる。トピックは絞り、そのトピックについてはある程度深くまで説明するのが良い。

良いバランスの指針として、ある人は「聴衆にわからせる必要はない、わかった気にさせる必要はある」と言っていた。参考になるかもしれない。

採用されなかった内容の使い方

以上のプロセスで、発表の材料として挙がったにもかかわらず、実際の発表内容に採用されなかったものがそれなりに出る。これらについては、発表から全く消し去ってしまうのは良くないことも多い。発表の前提知識は聴衆によって異なるため、最大多数の聴衆にとってベストなストーリーが、一部の聴衆にとってはベストでない可能性もあるためだ。このような場合、本筋のストーリーに現れない要素を伏線として明示することで、そのような聴衆の理解を助けられる可能性がある。これを実現するにはいくつかの方法がある。

  1. 関連研究や今後の課題に絡めて言及する。
    正攻法である。特に、関連研究では、本筋のストーリーには現れなかったような関連研究を挙げ、本来あるべき内容の全貌を明らかにしたい。
  2. 「こんな話もあるが時間の都合上述べない」と説明するスライドを作る。
    学会発表や修論発表など、別途論文がある形の発表で使える方法だ。発表の本筋への影響を小さくとどめることができる一方、聴衆に与える情報量は少ない。発表内容からある程度予想できるような内容(例:似たような実験の結果)や、専門的には興味深いけれど専門家以外には重要でない内容(例:定式化の詳細や証明)などの紹介に使いたい。
  3. 質疑応答用の補助スライドとして作る。
    やって悪いわけではないが、聴衆には基本的には見えないものなので、大いに有意義だというわけでもない。関連する手法として、明らかな突っ込みどころを残しておき聴衆からの質問を誘って説明する、という方法もあるが、聴衆から想定通りの質問が来ないことも少なからずあるし、想定通りの質問があったとしても実質質疑の時間を聴衆から奪っている(≒発表時間をオーバーしている)ことになるので、あまりお勧めしない。 なお、以前別の機会に発表した資料などが残っている場合(例:指導教員とのミーティング資料をまとめて修論発表資料を作る)や、発表練習を経てスライドを減らすことにした場合などには、それを質疑応答用の補助スライドに回すのは有意義である。
  4. 何もしない。
    何もしないのも一つの考え方ではある。何かをすべき材料とその必要がない材料を取捨選択するのも、発表では重要なことだ。

各スライドのデザイン

全体的なストーリーが決まったら、各スライドを作ってゆくことになる。 最初にスライドを作る際には、それほど神経質になる必要はない。どうせ発表練習を行うたびに各スライドは修正されてゆくはずだからだ。とはいえ、最低限押さえなければならない点はある。

スライド間の繋がり

スライド間の繋がりについてはストーリーを決める段階で確認している。しかし、実際にスライドを作ってみると上手く繋がらない、ということはよくある。特に以下の2点については良く確認しておきたい。

1つは、そのスライドの内容が、ストーリー決定時に決めたキーワード・キーフレーズに合っているか、ということである。書いている内に内容がずれてくることはあるので、その場合にはより注意深く前後との関係を吟味しよう。

もう1つは、直前のスライド、または直後のスライドとの接続が「順接」になっているか、である。 「逆接」を使ってはならないわけではないが、発表あたり1回(多くても2回)にとどめ、本当に大事な場面に温存しよう。「逆接」が多発すると、聴衆がストーリーを追うのが難しくなる。 もし「逆接」になっている場合、手前側のスライドに「次のスライドは逆接で繋がる」ということが分かる前振りを入れておきたい。例えば、「既存手法Aは強力→しかし既存手法Aには問題がある」という流れよりは、「既存手法Aは強力だが問題もある→手法Aが上手くいかない例」という流れの方が、ストーリーが明確になる。

スライド一枚あたりの情報量

前述の通り、スライド一枚あたりの情報量は少なすぎてはならない。情報量の少ないスライドができてしまった場合、前後のスライドと上手くマージできないかを検討しよう。また逆に、内容が多くなりすぎた場合、スライドを2枚に分けるか、または内容を削ることを検討しよう。多くの場合、スライドを2枚に分けるよりは内容を削る方が上手くいく。

なお、原則から言えば、重要なスライドの情報量は少なく、重要でないスライドの情報量は多く、とするのが良い。しかし、この原則に従うのは難しいことも多い(重要なスライドでは説明したい内容が多くなりがち)ので、絶対守るべきルールというわけではない。

スライドにどれくらい文字を書くかもスタイルがある。が、私としては、スライドだけを見て意味が分かる程度の文章は書くことをお勧めしたい。聴衆は必ずしも発表者の説明に一心不乱に耳を傾けているわけではなく、スライドのあっちを見たりこっちを見たり、別のことに気を取られていたりする。発表を聞かないと内容が理解できないタイプのスライドの場合、別のことに気を取られるとついて行けなくなってしまう。また、発表者の説明通りに理解するのが、聴衆にとって最も簡単とも限らない。スライドを見ながら、自分なりの理解をできる余地を残した方が良い。

関連する話題として「文字の大きさ」がある。これについては「会場の最後列からでも『容易に』認識できる文字サイズ」であることが重要だ(文字の大きさはスライド1枚あたりの情報量と強く相関するため、スクリーンの見やすさ等によってスライド一枚あたりの情報量は上下する)。特に教員相手に説明する場合、教員は往々にして学生より目が悪いので、文字サイズの確保は大事だ。また、少しでも読みづらい文字があると(例えば数式中の添字でも)理解の妨げになる。

時々「読む必要のない末節を小さな字で書く」人がいるが、あまりお勧めしない。読めそうな文字だと読もうとしてしまうのが人間の性だし、そもそも読む必要がないならスライドに載せるべきではない。また自分への覚え書きならメモの機能を使うべきだ。なお、本当に読む必要がないが、絵として出したいなら(この技法はプログラムが複雑になることを表現するために使うことがままある)、読む気が絶対に失せるほど明らかに小さな文字にすべき、というのが私の意見だ。

色の使い方

色を上手く使えば、味気ないスライドが華やかになる。また概念上異なるものに違う色や違う背景色をつければ、理解の大きな助けになる。そのため、色は原則としては使うべきである。しかし、カラフルでありさえすれば良いかというと、そんなことはない。

まず、色弱の人はかなり多い。聴衆には必ず色弱の人がいると想定すべきだ。また、プロジェクターの出力が弱い・部屋が明るい等の理由で、色が想定通りに出ないことも多い。更に悪いことに、プロジェクタに比べ液晶ディスプレイは発色がはるかに良いため、発表者は問題に気づきにくい。

以上のような状況を考えると、色の使い方の方針は以下のようになる。

まず、最低でも、色が全く分からなくても理解できるようにスライドを構成すべきである。例えば、カラフルな色を使ってグラフを描き、「この赤色は~、この青色は~」と説明するのはまずい。もしどうしても色を使いたい場合は、ユニバーサルデザインなどを参考に、色弱の人でも識別できる色を使うようにしたい。

次に、発色が悪くても見えるような、明白な色を使うこと。例えば、黄色やライトパープルなどは、発色が悪いと見えなくなるため、前景の色として使うのは避けるべきだ。逆に、濃い赤や濃い青などを背景色として使うと、発色が悪い際に真っ黒になって見えなくなってしまう場合もある。

なお、色が見えなくても良い部分に色をつけるのは問題ない。例えば、各スライド本文とフッタの色を変えるとか、グラフの絵を描く際にノードとエッジを色分けするとかである。

いずれにせよ、色を使うことにはリスクがある。このことは忘れがちなので、注意しておいた方が良い。

フォントの使い方

文字の場合、色をつけるよりはフォントを変える方が無難である。例えば地の文はゴシック体、数式は明朝体(サンセリフ体)、プログラムはタイプライタ体とすれば、安全に見た目を変えることができる。これに加えて色をつけるというのもアリだ。フォントを変えておけば、色が識別できなかったとしてもフォントで判断できる。

注意したいのは、同じ概念は同じフォントで、違う概念は違うフォントで、というのを貫くことである。同じものが一見違って見えたり、違うものが一見同じに見えたりすると混乱しかねない。聴衆にとっては、少しの混乱が命取りになることは少なくない。特に、数式に数式エディタを使っていて、数式中に現れる変数等を地の文で参照する場合などは気をつけたい。

また、普通の文書にあまり突飛なフォントを使うと、単純に読みづらいこともある。発表者は慣れてしまって気づかないこともあるので気をつけよう。また、フォントによっては、全体的にサイズが小さかったり線が細かったりする場合がある。例えば私はサンセリフ体の文字は原則として全てボールドにすることにしている。

アニメーションの使い方

アニメーションについての状況は、色についての状況とよく似ている。

まず、原則としては、アニメーションを使うのはリスキーだ。アニメーションを使うことで、「聴衆からは見えない情報」がスライドに発生してしまう。その結果、アニメーションを見落とした聴衆には分からないスライドができあがりかねない。特に、一行一行スライド内容を表示していくのは、原則としては害悪でしかない。

ではアニメーションはどんなときに使うのか。まず、スライド1枚あたりの情報量が多すぎるときである。スライド1枚1テーマ、各スライドには直前のスライドの情報しか使わない、というルールを守ると、1枚のスライドにかなりの情報を押し込まざるを得なくなる場合がある。そのような場合、一度に全ての情報を出すと聴衆がどこに注目しどこから理解して良いか分からず混乱してしまうかもしれない。これをアニメーションを使うことで避けることができる。 別の言い方をすると、2枚以上のスライドを無理矢理1枚に収める、というのがアニメーションの主な用途となる。

もう一つは、絶対に話を聞いて欲しい場面、聴いているはずの場面で使う方法である。聴衆の集中がそれるとアニメーションは役立たずだが、聴衆がこちらに集中していさえいればこれほど心強い道具もない。そのため、是非聴いて欲しい場面(例えば中心的なアイデアの説明)で、上手く聴衆の注意を集めた上で使うなら良い。

また、アニメーションを見落としても全く関係ない場面で、賑やかしのために使うのは問題ない。典型的な使用法はジョークの一種として使うものだ。ただし、アニメーションの多用は発表のテンポを害することも多いので、賑やかしに使う場合でも注意と節度が求められる。

いずれにせよ、アニメーションを上手く使うのはかなり難しい。慣れるまではアニメーションを使わないで説明するように努めた方が、どちらかと言えば間違いが少ないと思う。また、アニメーションを使うとしても、アニメーションのステップ数をできる限り減らせないか、意識的に検討する習慣をもっておくほうが良いだろう。

図・表・グラフの使い方

色やアニメーションとは違い、図・表・グラフを用いて説明できるような内容があれば原則それらにすべきだ。ただし、使い方に多少の注意は必要だ。

まず、図を用いることで「発表者のトークを聴かないと理解できないスライド」ができてしまう可能性がある。図を見ただけで意味が明らかであれば良いが(そうなるように努めるべきである)、そうでない場合はスライドに補足の文章を加えることを忘れないようにしたい。グラフでも同様に「説明がないと読み方が分からないグラフ」ができやすいので、軸の説明や凡例をわかりやすく大きく書くことを心がけたい。

また、特に表やグラフの場合に顕著だが、スライド一枚あたりの情報量が多くなりすぎる場合がある。表やグラフをスライドに含めた場合には、そのスライドの説明に時間がかかりすぎないか、また説明するつもりのない情報が表・グラフに含まれていないか、よく確認したい。

ジョーク

ジョークをどれぐらい入れるかは発表の性質やスタイルによる。上手く使えば聴衆の注目を劇的に集めることが出来る。しかし、ジョークについては以下のリスクを認識しておくべきだ。

まず、ジョークは滑ることがある(かなり多い)。滑るとショックを受けるようならジョークは入れない方が良い。また、逆にジョークは受けてしまうことがある。受ければ良いということはなく、場合によってはしばし発表が止まってしまい、また聴衆はここまでの発表の内容を忘れてしまう。そのため「今発表内容を忘れられては困る」というタイミングでジョークを入れるのは危険だ。

このことをふまえると、ジョークは何かしらの導入部分や小休止部分で聴衆の興味を引くためのつかみとして入れるのは良いが、具体的説明の途中では入れない方が無難、となる。

その他特定のスライドの作り方

いくつかのスライドについては、そのスライド特有の注意点がある。

タイトル

1枚目のタイトルスライドについても、これまでの原則は当てはまる。特に、タイトルスライドであっても、聴衆が見落とさないように、つまり30秒程度の説明を行うように心がけたい。内容はタイトルの説明でも自己紹介でも良い。多くの場合、タイトルには30秒説明できる程度の情報量はある。そうでなければタイトルが良くないので再検討すべきだ。

なお、タイトルスライドは説明すべきだが、難しい説明はすべきでない。タイトルスライドはほとんどの場合たいしたことは書いておらず、また聴衆も内容についての知識をまだ得る前なので、あまりややこしいことを話すと聴衆がついて行けなくなる。そのため、誰でも分かるような、簡単な説明(私はよくタイトルを普通の言葉で説明し直している)にするのが良い。 なお、タイトルスライドで簡単な説明を行うようにするのは、「発表に入りやすくなる」という副次的な効果もある。この点については後述する。

目次

目次としての意味しかないスライドは原則として使うべきでない。特にタイトルの直後に現れるのは有害極まりない。その時点では聴衆は目次を理解できるだけの知識を持っていないし、知識がなくても分かるような目次(「動機・貢献・提案手法・実験・まとめ」みたいなもの)は存在価値がない。 またそもそも、特に短い発表(30分程度ぐらいまで)なら、目次がなくても聴衆が問題なくついて行けるようにストーリーを組むべきである。

もしストーリーの都合上目次のような物が必要になるなら、例えば導入部分の終わりに、例えば「以上の問題意識をふまえると、以下の4ステップが必要になります。まず……、次に……」というような説明をするのは良い。つまり、目次に相当するような内容を、スライドの内容として用意するのである。

また、長い発表の場合には、途中での小休止・また話題がここで変わるということの明示などを兼ねて、「全体のプランの内ここまで進んだ」という図を出すのは悪くない。とはいえ、この場合も「全体のプラン」の説明は導入部分が終わってから出すべきだ。

ご清聴ありがとうございました

スライドの最後に「ご清聴ありがとうございました」のみが書かれたスライドを出す人がいるが、聴衆は直前のスライドしか覚えていないので、スライドを1枚無駄に進めるのは、それだけ聴衆に発表内容を「忘れさせる」ことになる。つまり、有意義な質問が出るのを単純に阻害する。

どうしても「ご清聴ありがとうございました」を出したいなら、最終スライドの末尾に(例えば)アニメーションとして追記するなら理解できる。とはいえ、私は「聴衆が『ご静聴』してくれるとなぜスライド作成時から確信できたのか?」と意地悪く思ってしまう。少なくともお勧めはしない。

小休止

話題の切れ目で小休止を取るのは大変良い習慣だ。そこが話題の切れ目だと明示されるし、またその合間に聴衆も思考を整理することができる。

長い発表の場合は、小休止のタイミングはほとんど必須と言える。明示的に小休止をおこなうためのスライド(典型的には「ここまでのまとめ」)を用意するのもよい。短い発表であっても上手く小休止を挟む方が良いが、そのためのスライドを用意するのは難しい、スライドの作成時にどこで小休止を入れるか考えておこう。

なお、特に短い発表の場合、小休止の長さは短くて良い(例えば5秒や10秒でよい)。小休止中は、息を整えるとか、最悪何も話さないとかで良いのだが、もし据わりが悪いなら、例えば「ここで小休止を兼ねて水を飲む(咳払いをするでもよい)」というようなことを決めておくと良い。

発表に向けて

発表練習の頻度

スライドができあがったら発表練習をする。発表練習は極めて重要なので、以下の3段階に分けて、最低4回、基本的には10回以上行う。なお聴衆は別にいなくて構わない。

まず、スライドができあがった直後に一度発表してみることが重要だ。これは、スライドが実際意図通りに作れているかを確認するもので、スライドを一通り読み上げさえすれば、本格的な発表として行わなくてよい。なお、可能であればスライドを作りながら発表練習をする(読み上げながらスライドを作る)のも良い。

次に、スライドを一旦寝かせた後(最低でも1晩、可能なら1週間程度寝かせたい)、今度は本格的な発表練習を開始する。この発表練習で、当該スライドが適切なストーリー等になっているかを確認する。スライドを寝かせるのはスライド制作時の考えを忘れるためである。スライドは制作者の意図を知らなくてもよく分かる物でなければならない。このことを少しでも確認するため、できる限りスライドの内容を忘れた状態で発表してみるのだ。なお、これを実現するために、 スライドは発表の最低でも1週間前、可能なら2週間以上前に形にしたい

ここまでの2段階の発表練習の目的は、すらすらと発表することではなく、すらすら発表できるようなスライドにすることだ。そのため、少しでも発表しにくいところがあれば、トークの練習を繰り返すのではなく、スライドを改善する。 私の場合も、この段階の発表練習で、スライドを何枚か削除・追加したり、説明の順番を変えたりすることが良くある。

以上の過程が終わったら、最後に「すらすら発表する」ための練習をする。この練習は最低でも、発表前日の夜寝る前、および発表当日の朝起床直後、の2回はしたい。寝る前・起床直後に発表練習をするのは、できる限りコンディションの悪い状況で練習をするという意図だ。コンディションが悪くても良い発表ができることが望ましい。なお、もし作るなら、スクリプトを作るのはこの練習の前となる。

発表練習での確認事項

発表練習では特に以下の点について注意する。

特に発表練習の最初の2段階では「すらすら話せている」ことは重要でない、ということを再度強調しておく。特に、あるパートの説明に(ないしは全体として)想定以上の時間がかかっていた場合、練習不足を疑うのではなく、スライドの内容が多すぎることを疑うようにしたい。この点は母語でない言語で発表する場合には特に重要である。

ただし、発表に要した時間について、数値通りに見るのが良いかどうかは微妙だ。原則として練習での発表時間と本番での発表時間はずれる。どう異なるかは人によるが、例えば私の場合は本番の方が必ず(5%から10%程度)短くなる。このあたりのブレはある程度経験を積むしか無い部分もあるが、いずれにせよ所要時間の細かい値について(例えば各スライド単位での時間について)深刻になるのはあまり建設的ではない。

発表直前の過ごし方

発表直前は以下の2点に気をつけて過ごす。

まず、発表の導入部分(タイトル~スライド1枚目)をよく確認すること。スライドがある程度良くできていれば、発表は導入がほぼ全てだ。導入さえ上手く入ることができれば、後は流れに従って話せば良い。そのため、導入部分は頭が真っ白になっても話せるようにしておきたい。また、これを実現するためにも、導入部分はできる限り簡単な内容にするのがお勧めだ。

また、緊張をほぐし、声が出るようにしておくのも大事だ。可能なら、会場内を歩き回る・コーヒーを飲むなどしておくのは非常に良い。また、それが難しくても、伸びをする、関節をほぐす、会場を見渡す、等のちょっとした動作をしておくと緊張がほぐれやすい。

なお、発表直前にスライドをはじめから最後まで何度も眺めるのは最悪だ。これをすると、緊張し、冒頭に集中できず、しかも自分の世界に入ってしまって聴衆との乖離が大きくなる可能性が高い。発表内容に心配があったとしても、ポイントを絞って(例えば冒頭や、キーとなるスライド間のつながりなど)確認するにとどめたい。

発表中に気をつけること

発表中に気をつけることは原則として以下の2点だけで良い。

大きな声を出すことは非常に重要だ。声が小さい発表は、それ以外の要素がどんなに優れていてもダメな発表だ。一方、声が大きくありさえすれば、それ以外の要素がかなりひどくても、一応それなりのものに見える(ある先生は「大声は七難を隠す」と言っていた)。とくに冒頭は声が出にくく、また会場もざわついていることが多いので、第一声はかなり意識的に大きな声を出そう。意識としては、会場全体を見て、一番遠くにいる人に届くように声を出す。間違っても最前列の人に向かって話してはいけない。

聴衆を見ることは重要だが、大きな声を出すことに比べれば重要度は低い。「一人で話しているのではないですよ、あなた方に向かって話していますよ」というような態度が見せられれば十分だ。よって、常に聴衆の方を向いている必要はない(タイミングによってはスライドを見るのが自然なことも当然ある)。また、具体的個人に向かって話しかけるイメージを持つ必要もない(うまく「頷いてくれる人」を見つけられれば良いが、寝ている人や内職をしている人を見かけてめげることもある)。とはいえ、スライドに向かって話し続けるのだけは避けるようにしたい。

もし可能であれば「楽しそうに話す」こともできた方が良い。とはいえ、大きな声が出ていれば、この点はそれほど神経質にならなくても問題ないことが多い。人によっては(本人にそのつもりがなくても)「つまらなさそうに話しているように見える」人もいるので、そのような人は少しこの点を意識すると良い。

以上のことが達成できるなら、発表のスタイルは何でも良い。ただし、これらをより簡単に達成するために、原則として立って発表したほうがよい。立ったほうが声を出しやすく、聴衆を見やすいからだ。デモなどをするために座りたい場合には特に注意が必要だ。座る必要がある場合には、絶対にマイクを使うこと、また時々目線を上げることを強く意識しよう。

なお、「すらすら、間違いなく話すこと」はほぼ気にしなくて良い。発表は話芸や演劇ではないので、言い間違えたり、どもったりしても全く問題ない。むしろ、立て板に水のごとくすらすら話した結果、聴衆がついて行けなくなる方がよほどまずい。なお、もし発表本番で盛大に詰まったりするのであれば、それは発表練習の失敗であって発表の失敗ではない。

発表速度のコントロール

発表速度をコントロールすることは重要だが、実際のところ、発表本番で経過時間を確認しながら話すより、自然に話すと時間通りになるよう発表練習をする方が簡単だ。特に、冒頭から本題にかけては、時間を意識するよりも流れを維持する方が良いことが多い。発表の終盤(実験・関連研究・まとめなど)に入ったあたりで1度だけ時間を確認して以下のようにしよう。

もし規定の時間内に終わらないと思われる場合、内容の一部分を省略して(説明のペースを上げるのではない)、時間通りに終わろう。例えば、まとめのスライドは表示だけして説明せず発表を終わるのは常道である。持ち時間をオーバーするのは原則として絶対に避けるべきだ。聴衆は時間をオーバーした部分を聞いてはくれないし、場合によっては単純に怒りを買う。

もし時間が余る場合、何かしらの内容を話し忘れている可能性がある。可能ならば、終盤の内容に絡めて、その内容についても触れながら時間を稼ごう。例えばまとめのスライドで「発表中では言わなかったけどこんなこともできてるよ」などと言うような感じである。とはいえ、これは比較的高度な技法なので、無理にやる必要はない。内容が分かりやすいのであれば、発表時間が短いのは責められるべきことではない

質疑応答

質疑応答は原則上手くいかないものだと思っておけば良い。これは発表者の罪ではない。むしろ聴衆が曖昧な(時に間違った)理解をもとに、整理されていない質問を投げかけてくるのだから、これに適切に応対するのはどだい無理なのだ。 別の言い方をすれば、質疑応答を失敗しても発表としては減点にはならず、質疑応答が上手くいけば発表の失点を挽回できる(または100点を超える)と思っておくのが正しい。

とはいえ気をつけた方が良い点はある。特に以下の点には気をつけよう。

要約すると、とにかくシンプルに正直に応対せよ、となる。前述のとおり、どうせ聴衆の理解は曖昧・間違っているので、余計なことを考えたり気を回したりしても、おおむね良くて徒労、悪ければ誤解を助長する。また、質疑の時間は限られている。誤解を解こうとしたり正確な説明をしたりすると他の質問を受け付ける時間がなくなってしまうが、やっぱり誤解は解けなかったりする。 以上をふまえると、シンプルに答えられる質問にできる限り多く答え、説明が難しそうな質問は個別の議論に回すというのが基本的な応対になる。

上記の応対が基本だが、質疑応答は発表の目的や質問の内容によって臨機応変さを求められる部分がどうしてもある。例えば、卒研発表・修論発表などでは「あとで個別に議論する」は使えないし、試問教員の質問にちゃんと答えられることが評価の重要な要素であったりする。発表の主な目的が何らかのイシューについての議論の場合、シンプルに答えることよりも議論を深めることが重要になるだろう。また、質問者が専門家(典型的には先行研究の著者)であった場合、シンプルな答えではなく正確な答えを返すべきになることが多い。 しかし、どのような場面であっても「質問者が発表内容を誤解している可能性がある」「質疑の時間は貴重であり無駄にしてはならない」の二点は原則なので心に留めておくべきである。



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